
【イ・サン 59話・60話 】ウォンビンの死とホン・グギョンの悲しみ
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【韓国ドラマ】2PMジュノ演じるイ・サンが背負う悲劇とは?『赤い袖先』人間関係がよくわかる朝鮮王朝の歴史解説! 大ヒット韓国時代劇『赤い袖先』は、次期国王イ・サン(ジュノ/2PM)と彼が愛する宮女ソン・ドギム(イ・セヨン)が織りなす至高の純愛を、見事に映像化… (出典:韓国TVドラマガイドONLINE) |
🪷🪷🪷 안녕하세요(アンニョンハセヨ)・蓮の花です 🪷🪷🪷
今回は先週の続きから、第59話・60話を書きます🤗
第59話では、元嬪(ウォンビン)が想像妊娠を隠し、流産したことを自分の中で正当化してしまったことへの報いが描かれていました。
イ・ビョンホン監督が現代の私たちに伝えたかったのは、
自分を守るためについた嘘も、いずれは自分に返ってくる
ということなのではないでしょうか。
💐💐 因果応報(いんがおうほう)の法則 💐💐
心が痛くなる場面でした……。
誰でも一度は経験し、反省することかもしれません。私もです。
・・・・・・第59話:悲しみの行方・・・・・・・・・・・
ホン・グギョンの行き場のない悲しみと怒りが爆発します。
ヒョイ王妃(中殿)はすぐにウォンビンの見舞いに駆けつけようとしましたが、サンの母・恵嬪が
許しませんでした。
サンも見舞いに向かおうとしますが、緊急会議のため駆けつけることができず、兄ホン・グギョンも
サン狙撃犯の調査で動けない状況でした。
緊急会議では、清国との不平等な貿易について対策を立てるはずでしたが、
ここでホン・グギョンが通訳官の問題を持ち出します。
😇 当時の王朝には厳しい身分制度があり、王の次に両班、その下に中人・常民(良民)・賎民と続きます。
😇 両班は儒教しか学ぶことが許されず、外国語・医学・法律・天文学などは中人が担っていました。
通訳官もその一つで、語学力を利用した不正や密貿易も多かったようです。
😇 また当時、身分制度に強い不満を持っていたのは、賎民や常民よりも、
官職への道が閉ざされていた中人だったとも言われています。
今回は会議のシーンが多く、重臣たちを前にした「為政者の心得」を説く場面がとても面白かったです。
サンから重臣たちへ次々と質問が投げかけられます。
果たして彼らは答えられるのでしょうか。
🤗 老論派を牛耳るチャン・テウもギャフンと言わせる、サンのかっこいい台詞があります😒
そのころウォンビンの容態はどんどん悪化し、ついに最期の時を迎えます。
ウォンビンは
「王と兄上のために子を産んであげたかった」
と言い残し、この世を去りました。
😇 史実では、ウォンビンは17歳で亡くなったそうです……
最愛の妹の死で、グギョンの心は大きく乱れてしまいます。
亡くなったウォンビンの荷物を出すよう伝えに来たヒョイ王妃に対し、ついに暴言を吐いてしまいます。
本来悪いのはヒョイではなくサンの母・恵嬪なのですが、悲しみと怒りの矛先がヒョイに向かってしまうところが、とてもつらい場面でした😭
妹の死の悲しみを酒に紛らわせながら数日を過ごしたホン・グギョンは、貞純大妃の提供した情報をもとに、
サン狙撃犯の黒幕を探し出すことで悲しみから逃れようとします。
💐 貞純大妃が仕入れた狙撃犯とは、どんな組織なのでしょうか。💐
💐 この組織の中には、ソンヨンと大きく関わる人物もいました 💐
😒 サンの幼い頃を思い出させる可愛いシーンもあります。
サンの体を気遣うナム・サチョ(ナム内官)が、徹夜続きのサンのもとへやってくる場面。
大慌てで夜なべ仕事の痕跡を隠そうとする姿が、まるでいたずらを見つかった少年のようで、
とても可愛らしかったです😍
・・・・・・・・第60話:姉と弟・・・・・・・・・・
ホン・グギョンは、貞純大妃の情報から狙撃犯たちの集会の場を割り出し急襲し、
逃げた者の中の一人に矢が当たった!
その人物はソンヨンに絵の本をくれた若者ソンウクだった。
サンは今回の狙撃犯逮捕に疑問を持っていた。
犯人たちはグギョンたちが踏み込んだとき一切抵抗しなかったのだ。
グギョンの態度もおかしい。捕らえたものたちが 抵抗しなかったことを
サンに伝えた武官を罷免し、 テスたちの言葉にも耳を傾けようとしない。
そればかりかソ・ジャンボをお金で手なずけようとまでする始末。
さらに、サンに、亡くなった妹のウォンビンのために跡継ぎとなる、
養子が欲しいとまで言い出す。・・・・(困った人だ 😒)
その頃恵嬪がまた次の側室選びを言い出す。
これが後にますますホン・グギョンのヒョイ王妃への怒りを増長させることになる。
さて、サンは日ごろより清だけでなく広く西洋も含めたあらゆる
科学、思想、学問を学ぶようにと検書官たちに言うが、
これがきっかけで、ホン・グギョンが捕らえたのが 、
天主学(キリスト教、カトリック)の信徒たちであったことを知る。
グギョンは天主学徒たちを弾圧していたのだ。
グギョンは身分制度が厳然とある朝鮮王朝を批判するものとして弾圧したのだ。
さすがにサンもグギョンの行き過ぎた言動が心配になり、
逮捕された男たちについて自分で直接調べることにした。
彼らの調査をしたサンが見たものとは…?
ソンヨンが手厚く看病していたソンウクはどうにか起き上がることができるまでになった。
彼は仲間のところに帰ろうとするが、ソンヨンは、
どこか弟を思い出すソンウクの体を心配し、
変わりに自分が彼の仲間のもとに伝言するために向かう。
危険を冒してソンウクの仲間の元に駆けつけたソンヨンは、
そこである事実を知らされる。
🤐天主教って学問?
韓国にキリスト教=カトリックが伝わったのは、朝鮮王朝後期のこと。
しかし、日本や中国へのキリスト教伝来とは少々異なる。
日本や中国は、海外からやってきた宣教師によって、
教会が造られ天主教が広められたが、 韓国では、両班の知識層の間に、
西学(西洋の自然科学、西洋思想、天主学)などが広まり。
天主教も宗教としてではなく西学の中の一つの学問として伝わった。
それに触れた人々の中で、後に自らこの教えを信仰として受け止め、
自主的に教会を造った。ちょうど、英祖や正祖の時代は、
これまでの儒教の学風(詞章=詩や文章の減額を重視する)
などに 疑問や反発を持つ者が増え、
西学で学べる数学、工学、医学、農業などの実学への
探求心が高まっていたころ。当時は、
天主教を黙認する派と弾圧する派が対立していた。
そんな中で正祖は、西学に理解を示して実学派の チョン・ヤギョンらを重用している。
「神の下に人は平等である」という天主教の教えは、
英祖や正祖の唱えた基本政策である党派を越えた登用した
「蕩平策」に近いのかもしれない。 そんな天主学が、
儒教の肝心要の“孝”の象徴でもある “祭祀”を否定したことで、
弾圧されることになる。 正祖15年の1791年、
天主学徒のユン・ジチュンが自分の母がなくなった際、
母の位牌を燃やしてカトリック方式で葬儀を行ったため、
彼は死刑となった。もっとも改革推進派の正祖はこの事件以降、
天主学に関して寛大な政策を打ち出し、
正祖在位中は迫害が起こらないようにしている。
その頃恵嬪がまた次の側室選びを言い出す。
これが後にますますホン・グギョンのヒョイ王妃への怒りを増長させることになる。
🪷🪷🪷60話は本当に内容が濃く、長くなってしまいました
もっとそれぞれの人物の心の中まで掘り下げて書きたくなる回でした。🪷🪷🪷
次回 【イ・サン 61話 】ホン・グギョンの暴走と揺れる人間関係お楽しみに😍
動画は 【 イ・サン 】の人間性と 各キャストの人物像を流します


